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名古屋高等裁判所金沢支部 平成12年(行コ)6号 判決 2000年8月30日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、福井県の住民である被控訴人らが同県の知事である控訴人に対し、同県の訴外財団法人福井空港周辺整備基金(整備基金)に対する合計二三億円の貸付金(本件貸金)について、同県と整備基金とが平成一〇年三月二〇日にした履行期限延長契約(本件契約)が違法であるから整備基金は右貸付金を直ちに同県に返還する義務を負っているところ、控訴人はその返還請求を怠っているとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項三号により、その返還請求を怠ることが違法であることの確認を求めた事案である。

原審は、被控訴人らの請求を認容した。そこで、控訴人(原審被告) が原判決を不服として本件控訴に及んだ。

二  当事者間に争いのない事実は原判決「第二 事案の概要」の一に、争点及び争点に関する当事者の主張は次のとおり当審における控訴人の新たな主張を付加するほかは同二に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(争点1についての当審における控訴人の新たな主張)

地方自治法施行令(以下「令」という。)一七一条の六第一項三号は、普通地方公共団体の長が債権の履行期限を延長することが認められる場合として、「債務者について災害、盗難その他の事故が生じたことにより、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であるため、履行期限を延長することがやむを得ないと認められるとき」を掲げている。

本件契約を締結した平成一〇年三月時点において、控訴人及び整備基金理事長(福井県副知事)並びに整備基金副理事長(福井県土木部長)は、右施行令上の整備基金の「債務」のうちには、貸付金を返還するという債務にとどまらず、貸付金から発生する利子をもって「空港立地町が実施する空港周辺整備事業に対する資金助成を行い、福井空港拡張整備事業の推進に寄与する」という債務が含まれると解していた。

そして、右時点において、福井県は福井空港拡張整備計画にかかる坂井町、春江町の地権者九集落のうち、未だ坂井町徳分田区、東長田区の二集落から集落全体としての空港拡張への同意(いわゆる総論同意) が得られず、運輸省に対する飛行場施設変更許可を申請しうる状態に至っていなかった。そこで、右三者は、この「すべての関係集落の同意を得るまでには至っておらず、財団の目的が達成されていない」状況は県の地元交渉の遅延に基づいて生じたものであるから、整備基金の責めに基づかない「その他の事故が生じたことにより、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難」な状況であり、本件契約の締結は、令一七一条の六第一項三号に該当するものとしてこれを行ったものであって、この時点で控訴人はもちろんのこと契約の相手方である整備基金理事長(福井県副知事)及び整備基金副理事長(福井県土木部長)も同じ解釈のもとに本件契約締結行為が当該自治法令に違反するとの認識はなかった。

令一七一条の六第一項が掲げる債権の履行期限の延長ができる事由の中には、それに該当するか否かが必ずしも客観的一義的に明白とはいえないものも含まれているのであるから、右施行令違反の契約の効力が否定されるのは、契約当事者である地方公共団体の長もしくはその補助機関がその違反を認識している場合に限定されるべきであって、本件契約は未だ無効とされる段階に至っていないと解すべきである。したがって、本件契約が無効であることを理由とする被控訴人らの本訴請求は理由がない。

三  証拠関係は、原審の書証目録記載のとおりである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件契約は違法であり私法上無効な契約であるから控訴人が整備基金に対して本件貸金の返還請求を怠ることは違法であるとして、被控訴人らの請求を認容すべきであると判断するが、その理由は以下のとおりである。

1  争点1 (本件契約は私法上有効か否か) についての当裁判所の判断は、以下のとおり付加するほかは原判決「第三 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決一六頁八行目末尾に次のとおり付加する。

「また、証拠(甲八、乙二) によれば、控訴人が整備基金への貸付金について、平成一〇年二月に県議会で県政の諸課題の一つとしてこの問題を掲げ、全員協議会で説明を行い、本会議並びに土木常任委員会、総合交通特別委員会及び予算特別委員会で審議がなされた事実が認められるものの、本件契約(貸付金の履行期限の延長)につき議会の決議もしくは決議に準じるような実質的同意を得たことを認めるに足りる証拠はないから、本件契約が令一七一条の六第一項に違反した瑕疵は重大なものであるということができる。」(二) 原判決二〇頁四行目末尾に次のとおり付加する。

「また、証拠(甲一ないし三)によれば、本件貸金についての福井県と整備基金との契約に基づく整備基金の債務のうちに、「貸付金から発生する利子をもって空港立地町が実施する空港周辺整備事業に対する資金助成を行い、福井空港拡張整備事業の推進に寄与するという債務」が含まれていないことは明らかであり、貸付金返還債務の外に右のような債務が含まれていたと解する余地はなく、契約当事者間の違法性の認識にかかわりなく本件契約は無効と解すべきであるから、控訴人の当審における新たな主張も理由がない。」

2  争点2 (法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求において、財産的損害の発生は要件か否か)についての当裁判所の判断は、原判決「第三 争点に対する判断」の二に記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、控訴人は、本件契約締結にあたって県議会の実質的同意を得ているから、本件契約により令一七一条の六第一項に違反して二三億円を支出(損失)しているとしても、適正な手続 (本件貸金を平成一〇年三月三一日付けで整備基金から県に一旦償還させ、県議会に予算計上した上その承認を受けて再貸付を行うという手続)による支出(二三億円)と同額であり、県に財産的損害は生じていない旨主張するが、前記のとおり本件契約締結につき県議会の決議もしくは決議に準じるような実質的同意を得たと認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張には理由がない。

二  よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 本多俊雄 裁判官 榊原信次)

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